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経営理念・行動規範
会社概要
役員・組織図
環境への取組み
ヒストリー
1930
1934(S9)
旧海軍用航空機の生産を目的に(旧)日本飛行機(株)を
創業
。
初代社長は加藤亮一氏(元海軍中将)。
1935(S10)
フランスの軽飛行機「プー・ド・シェール」のライセンスを購入、翌年より
NH−1「雲雀」
として生産。以後1937(S12)年まで合計25機を生産。
1936(S11)
我が国初の民間輸送会社である大阪の日本航空輸送研究所が海軍より払い下げられたスーパーマリン社のサザンプトン飛行艇を当社が民間機に改造、
「麒麟号」
として関西方面で活躍。
第2代社長は堀悌吉氏(元海軍中将)。
註、堀社長は、山本五十六連合艦隊司令長官とは海軍兵学校の同期で無二の親友であり、 後、山本長官はしばしば当社を来訪された。寄贈された
プロペラの「竜蛟躍四溟」(りゅうこうしめいにおどる)の書
は、山本長官の直筆のもの。
1937(S12)
海軍より
12試水上初歩練習機
の試作指示があり、制式採用には至らなかったが、初の自社開発機として良好な試験飛行結果がえられた。
1938(S13)
2番目の自社開発機として、我が国初の水陸両用飛行艇
13試小型輸送機
の開発を開始。試作機の完成は、1942(S17)年2月。
1940
1945(S20)
ロケット式局地戦闘機「秋水」
を製作。
終戦により工場を閉鎖、創業から13機種約3,118機、部分品約1,200機を生産。
最多生産は通称「赤とんぼ」
93式陸上中間練習機
。(計1,918機)
1949(S24)
(旧)日本飛行機(株)の資産を受け継ぎ、「日飛モータース(株)(現在の日本飛行機(株))」を
設立
。
(現)航空宇宙機器事業部での自動車修理再生作業から事業再開。
1950
1953(S28)
在日アメリカ海軍と航空機修理契約を締結。
社名を「新日本飛行機(株)」へ変更。
1954(S29)
防衛庁と航空機修理・改造契約締結により、
海上自衛隊対潜哨戒 TBM−3機
、
海上自衛隊通信航法練習機 SNJを納入。
1955(S30)
(現)航空機整備事業部を開設。
初号機
ノースアメリカンFJ−2戦闘機
を納入。
1956(S31)
航空機整備事業部が航空機製造事業法の事業認可を取得。
社名を「日本飛行機(株)」へ変更。
1957(S32)
防衛庁向け製品の製造事業を開始。
国産初の磁粉探傷装置を開発。
X1G1 STOL実験機
(SAAB91Bを改造)を防衛庁技術研究本部へ納入。 本機の成果は、後のPS-1対潜哨戒機/C-1輸送機高揚力装置のベースとなった。
1958(S33)
戦後初の国産輸送機、日本航空機製造
YS−11のモックアップ
を(現)航空宇宙機器事業部において完成。
1960
1960(S35)
FRP製船艇の製造事業を開始。
ズーマラン
の販売。
1961(S36)
航空宇宙機器事業部が航空機製造事業法に基づく事業認可を取得。
三菱ロッキードF−104J戦闘機のパイロン、ランチャー
を生産開始。
1962(S37)
東証2部に株式を上場。
川崎バートルKV−107ヘリコプター
の胴体を生産開始。
1963(S38)
ラムダ型ロケットの尾翼
を開発。
三菱シコルスキーS−62ヘリコプターの胴体を生産開始。
1966(S41)
ミュー型ロケットの尾翼、尾翼筒
を開発。
新明和PS−1対潜哨戒飛行艇の基準翼、フラップ、スラット
の生産開始。
1968(S43)
川崎P−2J対潜哨戒機の基準翼、外翼
を生産開始。
アメリカのデルマーアビオニクス社から空中曳航標的システムの製造ライセンスを取得。
航空機整備実績、
累計5,000機
を達成。
1969(S44)
川崎C−1輸送機のフラップ、エルロン
を生産開始。
1970
1970(S45)
三菱T−2練習機のパイロン、ランチャー
を生産開始。
アメリカのヘイズ社と超音速曳航標的(ヘイズ・ターゲット)の技術援助啓作を締結。
川崎重工業(株)との業務提携強化。
1971(S46)
三菱マクダネル・ダグラスF−4EJ戦闘機のパイロン、ランチャー
を生開始産。
海上保安庁とYS−11機修理契約を締結。
1973(S48)
日本航空(株)と航空機修理契約を締結。
1974(S49)
全日本空輸(株)と空調機器整備契約を締結。
(株)東亜国内航空(現:(株)日本航空ジャパン)とYS−11機修理契約を締結。
駐車場管理システム「パーキングゲート」
を開発。
1975(S50)
国産初の
モーターグライダー「アルバトロス」
を開発。初飛行に成功。
1976(S51)
オランダの(現)ハウデン社から
FRP軸流ファン(工業用ファン)
の製造ライセンスを取得。
1977(S52)
F−1支援戦闘機の扉類、パイロン、ランチャー
を生産開始。
ドイツのユーロコプタードイツ社が(現)航空機整備事業部を整備工場に認定。
デミング賞事業所表彰を受賞
((現)航空機整備事業部)。
1978(S53)
三菱マクダネル・ダグラスF−15J戦闘機のパイロン、ランチャー
を生産開始。
世界初の
FRP双胴船
を完成。
1979(S54)
川崎ロッキードP−3C対潜哨戒機のエンジンナセル、テールパイプ
を生産開始。
ボーイング767旅客機のインスパーリブ
を生産開始。
赤外線誘導ミサイル標的システム
を開発、量産開始。
1980
1980(S55)
日飛・ピラタスB−4
が、グライダーとして我国初の型式証明を取得。
(現)航空機整備事業部がアメリカの
ダッソーファルコンジェット社と整備工場契約を締結
。
1981(S56)
航空宇宙技術研究所「飛鳥」STOL実験機のエンジンナセル、動翼を納入。
1982(S57)
フランスのユーロコプターフランス社が航空機整備事業部を整備工場に認定。
新型水上標的「JAQ−1」
を開発。
1983(S58)
日飛B4T複座グライダー
を開発。
1984(S59)
創業50周年。
川崎T−4練習機のパイロン
を生産開始。
1985(S60)
ジェットエンジン
「V2500」のスレーブナセル
、ダクトを生産開始。
1986(S61)
縦型浮漁礁「パヤオ」を開発。
ヒンジレスの
「コイラブル型伸展マスト」
を開発。
高速曳航標的システム(JAQ−5)を開発。
地対空誘導弾「ペトリオット」のシェルター
を生産開始。
1987(S62)
川崎ボーイング・バートルCH−47Jヘリコプターの前部胴体
を生産。
渦流探傷システムを開発。
1988(S63)
東証1部に株式を上場。
超低高度曳航標的システム「JAQ−50」
を開発。
高速警備艇を開発。
誘導爆弾用移動標的システム(JSQ−4)を開発。
1989(H1)
ボーイング757旅客機のエレベーター
を生産開始。
当社開発のEXOS−D用
伸展マスト
及び
伸展ノズルのアクチュエーター
が軌道上で伸展に成功。
航空機整備実績、
累計10,000機
を達成。
世界最大級の
FRP双胴客船
を完成。
超低騒音型の工業用ファン
「SXファン」
を開発。
1990
1990(H2)
マクダネル・ダグラスMD−11旅客機のアンダーウイングYバレル
を生産。
イタリアのアグスタ社が航空機整備事業部を整備工場に認定。
RC低動揺型測量船
を開発。
1991(H3)
アメリカのサウスウェストエアロスペース社と、カートライトエレクトロニクス社から
機関砲標的システム(AGTS)
の製造ライセンスを取得。
画像処理全自動磁粉探傷システム
を開発。
航空自衛隊
YS−11エンジン換装の改造第1号機
を完成。
1992(H4)
ボーイング777旅客機のインスパーリブ
を生産。
水上移動標的システム(JAQ−40)を開発。
川崎重工業(株)が航空機整備事業部を整備工場に認定。
イギリスのMLアビエーション社からランチャーの製造技術を導入。
1993(H5)
三菱F−2支援戦闘機のパイロン、ランチャー
を生産開始。
工業用ファン販売実績、累計10,000台を達成。
1994(H6)
H−II型ロケットSRBのアフトスカート
、ノーズコーンを生産。
アメリカのセスナエアクラフト社が航空機整備事業部を整備工場に認定。
雑海藻除去システムを開発。
J−1型ロケットのアフトスカートを生産。
アメリカのベルヘリコプターテキストロン社が航空機整備事業部を整備工場に認定。
リニアモーターカー用エアブレーキ
を開発。
1995(H7)
水上自走標的システム
を開発。
M−V型ロケットの伸展ノズル用アクチュエーター
を開発。
ボーイング777旅客機のスタブビームを生産開始。
1996(H8)
M−V型ロケットのリアスカート
を開発。
スウェーデンのサーブエアクラフト社が航空機整備事業部を整備工場に認定。
海上保安庁
SAAB340の整備作業
開始。
ボーイング747旅客機の胴体フレーム
を生産開始。
1997(H9)
ボーイング777旅客機の前脚扉
を生産開始。
ボーイング767旅客機のインスパーリブ累計700号機納入達成。
1998(H10)
ヘリコプター着水脱出訓練装置
を開発。
航空機整備事業部が運輸省航空局より航空機の整備及び検査の能力について「事業場認定」を取得。
国際認証ISO9001認証取得。
ボーイングコマーシャルエアプレーングループ社長優秀賞(BCAG 1998 President's Award for Excellence)
を受賞。
1999(H11)
南極昭和基地用風力発電機ブレード
を生産。
航空機整備実績、累計12,000機を達成。
2000
2001(H13)
新明和US−1A改救難機のバルジ他
を生産開始。
ボーイング747旅客機の主脚扉
を生産開始。
MDS−1用太陽電池パドルを開発。
2002(H14)
英文商号を「Japan Aircraft Manufacturing Co., Ltd.」から「NIPPI Corporation」へ変更。
2003(H15)
東京証券取引所市場第一部上場を廃止。
川崎重工業(株)との株式交換により同社の完全子会社となる。
2004(H16)
エアバスA380旅客機の水平尾翼端
を納入開始。
航空機整備実績、累計13,000機を達成。
ボーイング777旅客機のインスパーリブ累計500号機納入達成。
直線翼垂直軸風力発電装置
の販売開始。
2005(H17)
X線天文衛星 ASTRO−EU に搭載の当社製品のオペレーション成功 。
日飛電子精機鰍フ発行済株式の全数譲渡。
2006(H18)
Nadcap(国際特殊工程認証プログラム)の認証を取得。
技術試験衛星用大型アンテナの展開実験の成功。
ISO14001 認証取得
2007(H19)
環境への取組み「環境・社会報告書2007」
月周回衛星「かぐや(SELENE)」搭載当社製品ミッション成功
ボーイング747−8型機用 外側フラップと主脚扉の製造契約締結
2008(H20)
極地研殿から「20KW縦軸型風力発電装置」を受注
工業用ファン事業撤退のお知らせ
宇宙航空研究開発機構(JAXA)より感謝状を授与
超高速インターネット衛星「きずな(WINDS)」搭載当社製品ミッション成功
2009(H21)
極地研向け風車を無事納入
(※注記:基本的に当時の名称を使用しています。)